どんな名監督でも、フロレンティーノ・ペレス会長下での業務は常に困難を伴う。彼が獲得したメガスターをすべて起用したチームを作らなければならない上に、その多くが攻撃過多なスカッドでバランスを取ることが求められるからだ。昨季で言えば、クリスティアーノ、ベイル、ベンゼマ、ハメス、モドリッチ、クロース全員を起用することが事実上義務付けられていた。さらに、補強権は基本的にすべてフロレンティーノが握っており、監督が望む選手は原則的に獲得されることはない。いわば、超一流であるがどれも味の個性の強い食材ばかりが与えられ、「シェフ」はその強烈な個性をうまくひとつの料理としてまとめなければならない。
 
 こと、「シェフ」としての能力にかけて、カルロ・アンチェロッティに勝る人物は存在しない。ACミラン、チェルシー、パリ、マドリーと、強烈なオーナーの元で微妙な味の調整を繰り返しながら数多くのタイトルを勝ち取ってきた。それだけに、未だに謎の多いカルロの解任劇だが、確かなことはフロレンティーノはカルロの残留を積極的には望んでいなかったということだ。デシマのシーズンですら、フロレンティーノはデシマを獲得するまでカルロの残留を迷っていたとされる。カルロの首を繋ぎ止めたのはデシマという絶対的な説得力を持つタイトルであったわけだ。タイトルが判断基準であるならば、無冠に終わった昨シーズンのカルロ解任はある意味合点がいく。しかしながら、無冠のシーズンでもなお、多くのマドリディスタ達は、フロレンティーノ政権の下でのカルロの仕事ぶりを高く評価し、人気も高かった。レアル・マドリーの会長職がソシオ(クラブ会員)の選挙で行われることを考えると、MARCAのアンケートでソシオから7割以上の支持を得ていたカルロの解任は、フロレンティーノ自身の支持の低下、その延長線上には自身の進退に直結するのだ。そのリスクを背負ってもなお、果たしてタイトルだけがカルロ解任の判断材料だったのであろうか。

 カルロは、クリスティアーノをチームの絶対の中心とし、クリスティアーノとベイルの優先順位を明確にした。「ベイルは右サイドでのプレーを好む」と就任当初から繰り返し、それを半ば強引に既成事実化し、クリスティアーノが好む左サイドのポジションには一切ベイルを近づかせなかった。ベイルがアリエン・ロッベンのように逆足のウイングポジションである右サイドに極端に適正を見いだせなかったのは想定外だったであろうが、結果的にクリスティアーノはストレスなくプレーし、彼自身も期待に応え、よりストライカー的なスタイルに修正することでカルロのポゼッション・スタイルにも適応した。その一方で、努力の跡は伺えたものの、ベイルは適応に苦しみ、その真価を発揮することはなかった。外部からは中間管理職的な監督の立場を完璧にこなしたように見えるカルロだが、フロレンティーノからしてみれば、自身の目玉の補強候補をうまく扱うことが出来なかった監督、そうカルロを評しても不思議ではない。1億ユーロの投資が正当化されない起用法は理不尽とも言える解任劇の少なくとも遠因になったと考えられる。ベイルはクリスティアーノの後継者としてフロレンティーノが直々に指名した選手であり、第2次フロレンティーノ政権の成否を左右する選手なのだ。より自分自身の投資を有効活用してくれる監督を求めて、いわば、「操り人形」を求めて、カルロ解任に踏み切った。こうした見方も出来る。
 ではベニテスは、監督ライセンスのないフロレンティーノに代わりにベンチにいるだけの「操り人形」なのか?

 ベニテスはこうした自身の招聘の背景を理解しており、クリスティアーノとベイルの優先順位の優劣をもう少しベイル寄りに近づけようとしている。現エースのクリスティアーノにストレスに与えないようにしつつも、よりベイルに力を発揮させやすい環境を用意しようとしている。しかし、そのバランスはとてもデリケートだ。クリスティアーノはプレシーズン、ベイルのトップ下(あるいは、2トップの一角、事実上のフリーロール)の影響でわずかながら以前よりも窮屈に映ったが、現在は新スタイルと割り切り我慢をしている状態に映る。周囲も彼に配慮をしている。ベニテスは最初の会見で「クリスティアーノは世界最高の選手の"一人"。状態によってはベイルやハメスも世界最高の選手になり得る。」と発言したが、その次の会見では、「一人」の部分を取り払った。クリスティアーノ当人とも会話の機会を設け、「ベイルが良くなれば君にもメリットがある」とコミュニケーションを図った。フロレンティーノ自身も、「新シーズンもチームの中心は君だ」と直々に伝え、この繊細なトップスコアラーに配慮をしている。
 しかし残念ながら、プレシーズンを通じて、肝心のベイルはトップ下という新たなポジションでも輝きを放つことは出来ていない。大きなストライドに由来するカットインの不得手さは隠せるようになったが、中央にいることでテクニカルなチームメイトとの技術の差がむしろ際立っているようにも見える。パスワークへの貢献は期待できないため直接的な得点への関与が求められるが、それも現状ではハメスに遥かに見劣りする。それでもなお、ベニテスからはベイルを有効活用しようと固執した。ベイルにはプレシーズン中でも多くの出場時間を与え、新ポジションへのフィットを後押しした。クリスティアーノは現段階でも、リーガ48ゴールを決める選手であり、彼にストレスを与えるリスクを負ってまで、現状ではそのパワーバランスにモディファイを加える必然性は必ずしもないにもかかわらず、そのバランスを敢えて崩そうとするベニテスは、フロレンティーノの求める、まさしく、「操り人形」、そう意地悪に捉えることも出来る。


コバチッチ獲得に見る、フロレンティーノ、監督間の関係性の変化の兆し


 電撃移籍。まさにこの言葉がしっくりくる突然の出来事だった。ベニテスとフロレンティーノは15日付近、今後のマーケットについてどうすべきか会談の席を設けた。ここでベニテスが挙げたいくつかの名前の中で、フロレンティーノがゴーサインを出したのはマテオ・コバチッチだった。カシージャス退団とデ・ヘア騒動の中、ベンゼマの代わりとなる9番の獲得は常に騒がれていたが、実はそれと同じレベルで昨季マドリーが苦境に立たされた要因に、モドリッチの代役不在があった。しかしながら奇妙なことに、ここまでの多くのプレシーズンの喧騒によって、このテーマは忘れ去られていた。あるいは、カゼミロによって解決することが出来るものと考えられていたのかもしれない。しかしながらカゼミロはクロース、イジャラメンディと同じくスタティックなタイプで、前への推進能力を兼備するモドリッチの代役とはなり得ない。ベニテスはこの点をフロレンティーノに指摘した点で賢明といえる。
 
 また、それ以上に驚きなのは、フロレンティーノがそれを聞き入れたことだ。ジョゼ・モウリーニョを除いたフロレンティーノと付き合う監督が常に向き合う問題である、補強権限が監督に与えられずフロントが半ば強引に補強を進める、この構造に変化が生じたのだ。これは特筆に値する。コバチッチが元来「10番タイプ」であること、またそのポテンシャル等から来るスター性がフロレンティーノの好みと合致した例外のケースと考えられなくもない。それでもなお、フロレンティーノが主導してきたここまでのマーケットでは、コバチッチは決して挙げられなかった名前だ。カルロ政権下では、カルロのリクエストで連れてきた選手は一人もいなかったどころか、指揮官が熱心に残留を望んだディ・マリアは売却された。しかし今回、ベニテスのリクエストは叶えられ、コバチッチはマドリーにやって来たのだ。
 ベニテスはフロレンティーノの単なる「操り人形」にはひとまずならないことに成功した。フロレンティーノ政権のモデルが常に抱えてきた問題である、会長の独裁と中間管理職化する監督という構造を破り、現場の求める選手を連れてくることに成功した。良くも悪しくも争いを好まず中間管理職的スタンスを徹底し、会長の補強をすべて受け入れていたカルロが出来なかったことを、ベニテスはやってのけた。
 今夏、現場が獲得を主張するもフロントが難色を示しているという、新たな「9番」の獲得など、ベニテスは、今後どこまでフロレンティーノの「操り人形」にならずにいられるか。現場の声がフロレンティーノ政権に恒常的に届くようになれば、マドリーの未来に光が差すことになるのだが。



レアル・マドリーの行間を読む 第6回・開幕前スペシャルコンテンツ

その1
15/16プレシーズン総括


その2 
特別寄稿
『あれから4年。2度目のベルナベウで課せられた「ミッション・ルカ」』
by sunjicさん