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「フロレンティーノ、辞めちまえ!」

 ポルト移籍が発表された週明けの7月13日、カシージャスの「お別れセレモニー」に集結したマドリディスタたちはこう叫んだ。

 そもそもこの「お別れセレモニー」は急遽開かれたものだ。この前々日、カシージャスはたったひとりでクラブに別れを告げた。プレスルームにただ一人、何度も涙をこらえながら、30秒の予定だった台本を8分かけて読み上げた。クラブは彼に配慮し、フロレンティーノが同席するかしないか、映像を用意するかしないか、水を用意するかしないかまで、最後の形を彼に決めさせた。カシージャスは水以外すべてを断った。その配慮は、これまで25年クラブに尽くしたマドリー史上最高のゴールキーパーに、裏口から追い出させるような結果を招いた。明らかに演出ミスだった。その結果、フロレンティーノは慌てて前述の大々的なセレモニーをサンティアゴ・ベルナベウのパルコ(貴賓席)で行ったがもう遅かった。カシージャスが用意したスクリプトには、フロレンティーノへの感謝の言葉はなかった。

 「フロレンティーノは完全にナーバスだった。彼は状況を掌握していないように見えた。なぜなら(急遽開かれたセレモニーが)差し迫られた行動だからで、全く真実を伝えることもしていないからだ、と。彼は自らの行動が間違いだったと自ら指摘してしまった。」セレモニーの様子をMARCAのとある記者はコラムにこう書いている。


 ただ、事実上、カシージャスはマドリーから、「追い出された」のはまぎれもなく事実だ。契約が2年残っているレギュラー選手を、移籍金はゼロ、現行契約と移籍先のポルトの年俸との差額を「退職金」とばかりに負担してまで放出するのは、「追い出す」こと以外の何物でもない。

 とはいえ、カシージャスの今季の放出は規定路線だった。昨季のオフから、「今季(14-15シーズン)いっぱいはカシージャスがレギュラーで、来季のオフにフリーで放出」という話は多く漏れ聞こえてきたものだ。カシージャス自身はシーズン終了が近づくと、「ベンチでもマドリーに残りたい」とアピールし始めたが、フロレンティーノは当初の予定通り聞き入れなかった。

では、フロレンティーノはカシージャスを追い出したがったのだろう?

 一言で言うならば、彼のマドリーで過ごした25年という時間が、彼をいちゴールキーパー以上の存在にしてしまったからだ。それはある意味、彼自身がコントロール出来る範囲を超えてしまい、いかんともしがたいレベルに達している。
 事実上彼をベンチに置くことは出来ない。それは歴史が証明している。本人が納得しても周囲が許さないのだ。
 2012年12月、ジョゼ・モウリーニョはカシージャスをベンチに置いた。12-13シーズンのジョゼ・モウリーニョと選手の間で繰り広げられた内紛は、モウがカシージャスをベンチに置いたことからその勢いを増した。確かにこのシーズン、カシージャスのパフォーマンスは、名手の彼にしてはピリッとしないものだったが、代わりに起用されたアントニオ・アダンは、マドリーはおろかリーガ1部のGKとしても疑わしい実力の未熟なGKだった。この内紛は紆余曲折の末カシージャスの不可侵性を奪い、モウリニスタと呼ばれる反カシージャス派のサポーターを産み、マドリディズモ(マドリー主義)は二分された。それからというもの、ディエゴ・ロペスがゴールマウスを守ればあらゆる失点が非難の対象とされ、カシージャスが守れば、モウリニスタ達は、カシージャスのミスでない失点まで彼のミスのように主張するなど、ゴールマウス周辺に平穏が訪れることは2度となかった。昨シーズンベルナベウに響き渡ったカシージャスへのブーイングは、こうした背景が重なりに重なったものだ。
 マドリーはこうしたGK論争に辟易しており、ディエゴ・ロペスが出るだけではそれは解決しなかった。カシージャスが出る以外に、分裂したマドリディズモが一つに戻る方法は残されていなかった。


マドリーにとってのダビド・デ・ヘア


 マドリディズモの分裂はカシージャスの退団理由の大きなひとつだが、その退団のタイミングを決めたのはダビド・デ・ヘアだろう。カシージャスの加齢に伴い、マドリーは彼からバトンを受け継ぐにふさわしい選手を注意深く見極めてきた。マドリーにとって、厳密にはフロレンティーノにとって、ダビド・デ・ヘアという存在はあまりに眩しかった。若くしてユナイテッドというメガクラブでレギュラーを張る実力、経験値はエリートそのものだ。そして何より彼がスペイン人であることがフロレンティーノには眩しすぎた。フロレンティーノは第2次政権に入ってからというものの、外部から獲得するメガスターとは別に、若手のスペイン人にも大金を惜しげも無く投入し、新たなスペイン人スターを誕生させようとしている。グローバルな人気を誇るレアル・マドリーもスペインのクラブであることに変わりはなく、やはり自国の選手は、特にスペイン国内で愛される。そして現在イスコがその道を着実に歩んでいる。
 カシージャスを放出するならば、実力だけでなくファン心理面で後継者として納得できる存在が必要だったのだ。伝説の後継者などなれる存在などそうそう現れるものではないし、その存在が獲得可能である可能性はさらに低い。
 しかし、今であればその候補としてデ・ヘアがいる。実力とマーケティング的利益を兼ね備えた選手を好むフロレンティーノにとって、スペイン人、アトレティコで育ったとはいえ地元マドリード出身のデ・ヘア以上の存在が今後数年現れるだろうか。おそらく限りなく可能性は低いだろう。カシージャスの後継者として、もっとも摩擦係数が低いのは彼だ。だから彼が獲得可能(ユナイテッドとすればそのつもりはなかっただろうが)な今なのだ。マドリーのカンテラで育ち、エスパニョールで経験を積んだキコ・カシージャを帰還させたのは、実力に加えてファン心理を納得させる経歴の持ち主だからだ。間違いなくデ・ヘアの次にカシージャスの後継として摩擦係数が低いのは彼だ。残念ながらケイラー・ナバスは、残留しても、スペイン人GKの不調以外で出番は与えられないだろう。


 フロレンティーノは、カシージャスを追放するという悪役を自ら名乗り出た。しかしクラブ史上有数のレジェンドに関するデリケートな処遇を誤り、彼はいささか悪役になりすぎた。リーガ開幕までひと月を切った。デ・ヘアを要求するマドリーに対し、ラモス獲得を執拗に主張するマンチェスターの巨頭を彼一流の交渉術でまとめなければ、この独裁者の盤石だった基盤も大きく揺るぎかねない。