「家に帰ってきた」
自身の就任会見のスピーチで新監督ラファエル・ベニテスはこう涙ぐみ、フロレンティーノ・ペレスは満足気にその光景に拍手を送った。彼からすれば、自らの決断にドラマ性を産むこれ以上ない演出だったであろう。

 カルロ・アンチェロッティは解任された。今季のマドリーの一番の問題点は、そのあまりにいびつすぎるスカッド編成にあった。クロース、ハメス・ロドリゲス、ルカ・モドリッチという世界で指折りの10番タイプを、守備をしないBBCの後ろに配置しなければならないという無理難題をカルロは投げつけられた。サイドアタッカーであったが同時に無尽蔵の運動量を誇るインテリオール(インサイドハーフ)でもあったディ・マリア、パス能力に加え守備的ミッドフィルダーとして極めて優秀な危機察知能力を備えたシャビ・アロンソによって、デシマのチームは危ういバランスをキープしていた。チームのエンジンと礎を失ったチームだったが、カルロは彼一流の「現有戦力から最大限の力を引き出す」調整能力を発揮し、昨年よりは戦術的先見性は劣るものの浪漫のあるチームを作り上げた。もちろん、無冠、いくつかの疑問の残る傭兵はあったが、無理難題に対する答えとしては決して悪いものではなかった。しかしフロレンティーノは責任をカルロに押し付けた。
 ユベントスとの試合前に「来季は何があろうと君が監督だ」とフロレンティーノはカルロに伝えたとされる。このことからもわかるように、理論的というよりは直情的な判断だったと思う。MARCAの調査では6割のファンが、そして7割のソシオがカルロ留任を支持したにもかかわらず、フロレンティーノは我を通した。

 もちろん、カルロにも非はある。
ユベントスとのCL準決勝でレアル・マドリーは敗退に追い込まれた。明らかに勝たなければいけなかった。その大きな原因となったのが、1st Legでの気の抜けたパフォーマンスに求められることが出来る。

正直に言って、奢りがあったのだ。

 対戦相手がユベントスに決定した時、マドリードは楽観論に満ちていた。
MARCAのアンケートでは準決勝でユベントスとの対決を望む声が過半数を占め、実際にそのとおりになった。マドリーはユベントスをバルセロナやバイエルンと同格の相手とはみなしていなかった。突破して当然の相手だとみなした。
 それに加え、ユベントス戦の1st Legは、サンチェス・ピスファンのセビージャ戦の直後だった。
彼らは単なるリーガ5位の相手ではない。サンチェス・ピスファンでのセビージャは強い。マドリーがこの地で勝利をおさめるまで、38試合、実に13ヶ月EL王者が無敗を維持した難攻不落の地であった。1ポイントも落とせないリーガの優勝争いは、この時点でバルセロナと2ポイント差であった。難所での戦いを制して安堵したチームは、トリノの地で気の抜けた試合の入り方をし、リードされる度に慌てふためくことを繰り返した。欧州王者の戦いぶりにしてはあまりに無様だった。

 それでもなお、多くのマドリディスタ達はカルロを支持した。フロレンティーノを長年見ている彼らは、彼の下で仕事をすることがいかに難儀なものであるかを理解している。
 レアル・マドリーの会長職はソシオによる投票制という極めて民主主義的な方法で決定される。選挙で選ばれたリーダーがマジョリティの意見を無視した独裁を発揮したのだ。

フロレンティーノにとって今回の決断は、賭けである。


セルヒオ・ラモスの契約延長問題

 ここ数日、レアル・マドリー周辺を騒がせているのは、ラモスの契約延長問題だ。

 ラモスは自他共に認めるマドリーのリーダー的存在で、誰もがカシージャスの後を継いでキャプテンとなると信じて疑わない。ABCによれば、彼はペペと並びロッカールームでもチームの実質的なリーダー格で、チームを鼓舞する存在であるという。ラモスは、そうした立場に加え、昨年のデシマの原動力となったバイエルン戦2nd Legでの2ゴール、そして何より決勝での「92.48」 (同点ゴール) を含め、そのレゾンデートルを正当に評価して欲しいと主張している。現在の彼の年俸は600万ユーロで、彼の要求は5年以上の契約、1000万ユーロであるという。が、彼に言わせればお金の問題ではないという。彼が欲しいのは「年俸1000万ユーロ」級のチーム内での立場、尊敬、そして何より功労者としての誠意、といったところではないだろうか。年俸1000万ユーロというのはクリスティアーノに次ぐチーム2番目、ベイルと同額の数字である。
 これに対し、フロレンティーノは彼への年俸提示は750万ユーロを上限とし、それ以上にするつもりはないとしている。現在の彼への提示は700万ユーロだ。このケースを見て思い出されるのは、昨年のディ・マリアの事例だ。大車輪の活躍をしてデシマの原動力となったディ・マリアは、大幅な年俸アップを要求した。ディ・マリアの当時の年俸は350万ユーロと極めて安く、新加入のクロースが600万ユーロの年俸を受け取ったことも彼の神経を逆撫でした。ディ・マリアは600万ユーロの年俸を提示されれば残った、と後に語っているが、フロレンティーノは500万ユーロまでしか提示しなかった。
 彼の言い分はこうだ。ディ・マリアに倍近い昇給を許したら、必然的に他の選手にも似たような待遇をしなければならなくなり、現在の経営が成り立たなくなる、と。派手に見えるマドリーだが、総収益に対する給料の割合は50%を少し下回る位で、これはメガクラブとしては異例の健全経営なのだ。フィナンシャル・フェアプレー制度が導入され、基本的にはクラブの収支を上回った支出は許されず、オーナーの私財でそれをカバーしていたクラブは再出発を余儀なくされた。フロレンティーノとて、一時政権下の01-02シーズンの総収入に占める人件費の割合は90%近かったのだ。一流のブランディング戦略とビジネスセンスによって総収入はフットボールクラブ唯一の5億ユーロ超えを果たし、その一方で人件費を削減したフロレンティーノにとっては、ディ・マリアの要望を飲むわけにはいかなかった。そこにクラブが望む7500万ユーロという望外な移籍金を払うというクラブ(マンチェスター・ユナイテッド)が現われ、ディ・マリアはユナイテッドに去った。現在の彼はマドリー時代の3倍近い給料を受け取っているとされている。付け加えれれば、彼の代役とされたハメス・ロドリゲスの年俸は500万ユーロである。

 ラモスのマドリーへの抗議に、比較的フロレンティーノに近いとされるメディアは「金の亡者」「クラブを取るか、ディ・マリア、エジルのように金を取るのか」、などとスキャンダラスに書きたて、ラモスにプレッシャーをかけた。ラモスもラモスでユナイテッドへの移籍を匂わせ、両者の緊張状態は続いた状態だ。
 しかし、ディ・マリアやエジルのケースと異なるのは、基本的にクラブ、そしてラモス自身も、現状では他クラブの移籍など全く考えていないということだ。ラモス自身のマドリーへの愛情は極めて強く、愛するクラブに認められたい、18歳の時に彼をマドリーに導いた、いわば父親のような存在のフロレンティーノから認めてもらいたい、と彼への直談判を要求している。フロレンティーノの彼への感情はもう少しドライであると言われているが、次期キャプテンであり、スペイン人選手(第一次政権で彼がはじめて獲得したスペイン人選手は彼だ)で人気絶大の彼はある意味フロレンティーノ政権を象徴する選手であり、彼に出て行かれていかれるわけにはいかないのだ。
 フロレンティーノはそのビジネスセンスで、ラモスのマドリーへの愛情を利用して足元を見ている。現状の600万ユーロから100万ユーロの増額のみの700万ユーロの提示は、出て行くわけがない、と高をくくった足元を見た数字だ。ラモスもそれをわかっているから反発している。ラモスの反発に対し、フロレンティーノもバレンシアで今季大活躍を見せたセンターバックのオタメンディの名をちらつかせ、「代わりはいるんだ」と言わんばかりの態度で再度牽制する。

 とはいえ忘れてはならないのは、契約延長が今夏中になされようがされまいが、ラモスはまだ2年の現行契約を残しているということだ。今夏中にまとまらない場合でも、契約延長はシーズン中に持ち越される可能性が高い。フロレンティーノとラモスの関係が決裂しなければ、だが。

 ペジェグリーニの1年、モウリーニョの3年、アンチェロッティの2年を経て、フロレンティーノの第2次政権は終盤戦に突入しているといえる。賭けのベニテス招聘に、自身の政権の象徴のラモスに加え、歴史的に見てもクラブの象徴の一人であるカシージャスの処遇を片付けなければならない。これらの成否が、彼のマドリー会長としての未来を決す。