救世主・チチャリート

 ラ・デシマ達成以降、7戦勝ちなし、4得点12失点。散々たる成績である。
 
 21世紀に入ってから10年以上負けなしだった「お得意様」のアトレティコとのダービーは、チョロ・シメオネ就任によって風向きが急転した。今季は考えられる限りすべてのコンペティションで対戦して、(リーガ、CL、コパ、スーペルコパ)、初勝利は実に8試合目。マドリーにようやく白星をもたらしたのは、それまで事実上戦力外に近かった男だった。

 去る2014年夏、移籍期限ギリギリでやって来たハビエル・エルナンデス、通称 "チチャリート" は、最初から「模範的な控え」であることが求められた獲得だった。昨夏の大本命のターゲットであったルイス・スアレス獲得が「噛み付き事件」で事実上立ち消えとなったマドリーは、方針を転換しベンゼマの控えを受け入れてくれる選手を探していた。クリスティアーノ、ペペ、ファビオ・コエントランを顧客とし、さらにハメス・ロドリゲス、アンヘル・ディ・マリアという自身の目玉商品を使って莫大なる利益を得た世界一の代理人、ジョルジュ・メンデスは、貪欲にも、いわば、「3匹目のドジョウ」として自身の顧客であるラダメル・ファルカオを熱心にマドリーに売り込んだが、マドリーは拒否した。前十字靭帯損傷という大怪我から復帰したばかりでコンディションに不安があること、繊細なキャラクターであるベンゼマを信用するカルロ・アンチェロッティが、彼に配慮し彼にプレッシャーにならないような人材を望んだことに加え、マドリーで一大勢力を築こうとするジョルジュ・メンデスの露骨な売り込みにフロレンティーノ・ペレス会長が辟易したことが大きな理由とされている。フロレンティーノは、「もし私がファルカオを買ったら、会長席をメンデスに明け渡さなければならない」とまで発言したと、COPEのパコ・ゴンザレスは語っている。
 そんな中で白羽の矢が立ったのは、そのファルカオが最終的に向かった先であるユナイテッドに所属していたチチャリートであった。フロレンティーノからすれば、レンタル移籍でコストがほとんどかからない上に北米マーケットも開拓できるというビジネス上の算段もあったであろう。
 しかし、チチャリートを待ち受けていたのはユナイテッド時代以上のベンチ生活であった。これは、プレースタイルによるものが大きい。現在のマドリーはクリスティアーノ、ギャレス・ベイルを活かすべく、最前線のベンゼマが「偽10番」として中盤に下がった上でリンクマンになることが求められており、最前線のオフサイドライン上で勝負するチチャリートとのプレースタイルとは対極のメカニズムが完成していたのである。毎試合ベンチ入りこそしていたが、カルロが攻撃的なカードを切る際は1番目がイスコ(スタメンでない場合)、2番目がヘセ・ロドリゲスであり、チチャリートは3番目のカードで、カルロの信頼は極めて低かった。ベンゼマが試合中に退く際も、チチャリートよりもベイルを一列上げてクリスティアーノ、ベイルの2トップを優先するケースがほとんどだった。事実、アトレティコとの1st Legではベンチ入りすら出来なかったほどだ。
 そんな不遇なチチャリートに変化が訪れたのは、4月11日のエイバル戦だった。CLの合間のホームゲームで、ベンゼマの休養で先発の機会を得た彼は、エネルギッシュなプレーを見せただけでなく、下がった位置でボールを受けてのポストプレーや繋ぎに関与するなど、チームのスタイルに合わせ自らのプレースタイルを修正することで必死にアピールした。
 そして、アトレティコとの2nd Legを翌週のミッドウィークに控えた週末、4月19日のマラガ戦の前日の金曜日、ベンゼマが右足内側側副靭帯を痛め練習を切り上げ離脱してしまった。この時点ではダービーに間に合うという情報であり、チームもクリスティアーノとベイルの2トップでマラガ戦をスタート。しかし、試合開始わずかでベイルがふくらはぎを痛め離脱してしまうと、カルロが選んだカードは、エイバル戦の奮闘が指揮官の心を動かしたのか、ヘセではなくチチャリートだった。チームはこの試合後モドリッチを失い、内容的にも苦しんだが、チチャリートはここでもゴールを決め、限られた出場機会を再び活かした。
 ベイル、モドリッチが負傷し、さらにはベンゼマもダービー出場不可能であるとわかると、カルロに残された駒はクリスティアーノ、ヘセ、そしてチチャリートであった。昨年のシャルケ戦で負った前十字靭帯断裂という大怪我から復帰して数ヶ月が立ったヘセは、トップフォームから程遠い状況が続いており、復調を期待しカルロも出場時間を与えてはいるものの、事実上の戦力とは言いがたい状態である。ベイルをトップに上げる策も当然ながら使えない。つまり、事実上、2トップのクリスティアーノのパートナーには、チチャリート以外の選択肢は存在しなかったのだった。
 マドリーの一員としてやってきた現在までの最も大きな舞台で、チチャリートは積極的にボールに喰らいつき、終了間際にその報酬を得た。セルヒオ・ラモスのクラシコ以来の中盤起用という奇策は、アトレティコに対して最も得点の可能性が高い彼のヘディングの機会を流れの中でもたらす、という以外には何ももたらさなかったが、「慣れないポジションでもセルヒオ・ラモスがそこにいる」というだけで、アシエル・イジャラメンディ、ルーカス・シルバ、戦力外のサミ・ケディラよりもはるかに安心感は上だった。マドリーはそんな奇策を用いなければならないほど、苦しい台所事情だったのだ。そんな中で、苦手アトレティコに引導を渡すゴールは、まさに値千金という言葉にふさわしかった。

 カルロは現在では「現在の調子が続けば、チチャリートは放出不可能」であるとインタビューで述べている。マドリーとの契約はレンタル期間である1年のみ。ASを中心に、チチャリートをユナイテッドから買い取るための条件の報道が加熱するなど、遅れてきた小さなストライカーはマドリードで急激にその存在感を大きなものとしつつある。


ガス欠のチーム

 一方、マドリー全体の状態は、そんなチチャリートの調子とは対照的だ。ルカ・モドリッチの復帰は中盤にイマジネーションとエネルギーを注入されたチームだったが、その彼は不幸にも右足の内側側副靭帯を痛め再び長期離脱を余儀なくされた。攻守両面に抜群のインテリジェンスを誇り、クロース、ベイルを的確にサポートも出来るモドリッチの穴を埋めることは不可能で、彼を欠いた状態のマドリーは、明らかにそのクオリティで見劣りする。さらにギャレス・ベイル、そしてベンゼマと負傷が重なった結果、「生き残った」メンバーは過密日程の中ほぼすべての試合に出場することを迫られた。特に今季ハメス、モドリッチの長期不在を1人でカバーしたイスコの疲労は深刻で、キレやイマジネーションを著しく欠いた状態だ。クリスティアーノ、ダニ・カルバハル、トニ・クロースの疲労の色も濃い。CLの4強の中でも、率直に言って現在の状態ではチーム力は下から数えるべきだろう。事実上、怪我で長期離脱したことで疲労が癒えたハメスの孤軍奮闘でなんとかチームが持っている状態だ。勝敗表には今のところ現れていないが、初回の当コラムで指摘した、メンバー固定による最終盤での「息切れ」が厳然たる事実としてチームに表面化してしまっている。4月30日のアルメリア戦では、3-0で勝利したものの、不甲斐ないチームのパフォーマンスにベルナベウは再び容赦無いブーイングが飛び交った。マドリーは今後、MARCAが「聖戦」と位置づける、4位セビージャと難所サンチェス・ピスファンでのゲームを皮切りに、CLでユベントス(トリノ)、ホームで5位バレンシア、再びユベントスと難しい相手の試合がほぼ3日おきに4試合連続で控えている。このままチームが失速すれば、「180分」一点集中してエネルギーを費やせばいいCLはまだしも、その合間に5試合全勝が求められるリーガのタイトルはかなり難しいものとなるだろう。

 マドリーの状況が好転する要素があるとすれば、ハメスやモドリッチが長期負傷後怪我と共に蓄積疲労も癒え、まばゆい輝きを放ったように、ベイル、ベンゼマの怪我が、それまでの疲労を癒してくれ、パフォーマンスを向上させる契機にもなり得ることだ。ベンゼマ、ベイルともに今季はほぼ出ずっぱりで、特にベンゼマは丸2年間、チチャリートが「発見」されるまで代役不在の存在として出場を続けてきた。
 チチャリートは得点嗅覚を持つ、自身が輝くタイプの選手だが、ベンゼマはクリスティアーノという、リーガで史上初の5年連続30ゴールを達成したゴールマシンを世界で最もうまく扱うことが出来る。ベイルは不調とはいえ、それでも一人で試合を決めるが力がある。

 ベイルはセビージャ戦、ベンゼマは順調に回復すればトリノでのユベントスとのCL準決勝1st Legに復帰出来ると見込まれている。
 チチャリートは、確かに苦境のチームを救った。しかし、マドリーというフェラーリのエンジンにはさらなる馬力が必要なのだ。マドリーが再びギアを上げる時、その中心にはやはりBBCの存在があるのではなかろうか。