トッテナム・ホットスパーで数々の「理不尽」なスーパーゴールを決め続け、プレミアリーグのスターであったころのベイルの記憶が鮮明な方には、現在の彼の状況は信じられないものかもしれない。今やサンチャゴ・ベルナベウでは、ベイルへのブーイングは日常的なものと化している。目に見えてそのデシベルが増したのは1月11日のエスパニョール戦からで、3月11日のCLベスト16 2nd Legシャルケ戦では、チームの散々なパフォーマンスも手伝い、ベイルへのブーイングは頂点に。それまではミスをする度であったブーイングが、とうとう彼がボールを持つだけでブーイングが飛ぶようになってしまった。

 サンチャゴ・ベルナベウというスタジアムは特殊だ。彼らのフットボールに関する目は本物であり、ちょっとした一瞬の好判断、フェイントなどにも惜しみない拍手を送る反面、例えチームのパフォーマンスが悪ければ、マドリーがリードしている展開でも容赦無いブーイングが飛びかう。
 サンチャゴ・ベルナベウの観客にとって、ベルナベウは最高級のショーを「鑑賞」しに行く場であるように思える節がある。そんなベルナベウの態度に、前監督のジョゼ・モウリーニョは、ビッグマッチの度にファンにチームを後押しするようサポートを求めたほどだった。
 
 そんなベルナベウの観客にとって、ベイルはお気に入りの選手ではない。ASのクラシコ後のアンケートで、68.3%と約7割のファンがベイルをスタメンから外すべきと答えている。ベルナベウの観客は、並外れた技術を持ったクラック(名手)がチームのために白いシャツを汚すことを好むとされる。繊細なテクニックがあるとは言いがたい上に守備に戻ることを怠りがちなベイルは、その移籍金の高さも相まって彼らの心を掴めていない。昨年のCL、コパの決勝ゴールはベイルによるものであったにもかかわらず。
 
 もちろん、ベイル自身の本業である攻撃面での不調も大きな問題だ。公式戦16ゴール、8アシストと数字上は悪くはないが、今シーズンは序盤戦は試合から消える場面が目立ち、12月からおよそひと月の間はボールを持っては利己的な仕掛けでチャンスをふいにする場面が目立った。アシスタントコーチのポール・クレメントの指導の元、年明けからパフォーマンス向上のため居残り練習を試みてからは、一本調子な右サイドからのカットインからのシュートは影を潜め、シュートよりパスを優先、カットインよりも縦への突破からのクロスを重視するなど、プレースタイルを変えてまで試行錯誤を繰り返してはいるものの、肝心の結果となってはさほど現れていない。

 厳しいブーイングの餌食の対象となるのは選手だけでなく、チーム全体、さらには監督も同様だ。4-0で大敗を喫したアトレティコとのアウェイゲームで、リードされているにも関わらず攻撃的なイスコを下げて守備的なイジャラメンディを投入したカルロ・アンチェロッティの采配にも批判が集まった。翌節のベルナベウでのデポルティーボ戦では、そのことを忘れていないファンたちからカルロもブーイングの標的となった。12年ぶりにCLのタイトルをもたらし、22連勝で2014年を締めくくった稀代の名将にも彼らは容赦はしない。

 先述のCLのシャルケ戦の敗北で、ベルナベウの殺伐は頂点に達した。「クラシコの結果次第では解任」といった文字が新聞紙面を踊るようになった。

 そんな中、シャルケ戦翌日に開かれたのが、フロレンティーノ・ペレス会長の緊急会見であった。この緊急会見で、フロレンティーノは翌週に控えていたクラシコの結果を問わず、カルロの留任を宣言した。
 しかし、カルロの辞任の否定は、手段であって目的ではない。フロレンティーノは会見でこう述べている。

「選手とファンの間に大きなコミュニケーションが生まれる時、私達は最も強力な状態であり得ることが出来ます。しかし、ファンの一部が複数の異なるメディアの報道に混乱していると考えます。私達はこの難しい時、ファンの応援を必要としています。」


 フロレンティーノは、スキャンダラスに煽るメディアに影響され、ベイルやカルロへのブーイングで、スタジアムが自己破滅的な雰囲気となっている現状を危惧したのだ。ボールを持つ度にブーイングを持つ選手がいたり、解任騒動で揺れる監督がいる中で選手が優れたパフォーマンスを発揮することは難しい。フロレンティーノはファンにメディアに踊らされず、落ち着いて、選手、監督を信用してほしいと訴えたのだった。
 さらに言えば、フロレンティーノにとっても、自身の肝いりで獲得したベイルがブーイングされているということは、決して好ましい状況ではない。前回のコラムで、事実上起用しなければならない選手がいる、と書いたが、ベイルはその筆頭であり、それこそが不調でも起用され続けている理由でもある。ベイルへのブーイングは、会長へのブーイングでもあるのだ。いずれはベイルやカルロに向けられた矢は、いずれ彼らを選んだフロレンティーノにも向く。特にベイルはフロレンティーノがクリスティアーノの将来的な後継者として指名した選手であり、現在の批判的ムードは好ましくないのだ。
 
 そんな中、4月1日、ポルトのブラジル人右サイドバック、ダニーロの獲得が突如として発表された。獲得自体はLa Sextaによる合意報道が出た3月6日には事実上完了していたが、通例通りシーズン終了後に発表するものだと見られていた。
 その意味では、この時期のダニーロの発表は、唐突な印象が拭えない。移籍はマーケットが開いている間しか出来ないから、今発表したところで週末のリーグ戦でプレー出来るわけでもない。ではなぜ今なのか?

 これには、2つの狙いがあると見る。1つ目は、クラシコ敗戦、またそれにより厳しくなった今季のリーガから、マドリディスタの目線を逸らさせ、来夏への期待を高めるため。
 
 もうひとつは、ダニーロの獲得を発表をすることで、影響を受けるクラブがあるからだ。それは、他ならぬクラシコを制したFCバルセロナ、より厳密には、バルセロナの周囲、である。バルセロナは現在、レギュラーのダニエウ・アウベスの契約が今季で終了し、彼との契約延長が難航しており、来夏の移籍の可能性が濃厚な現状がある。現行戦力では今季期待を裏切ったモントーヤか、マルチロールなアドリアーノを右に回すか、今季獲得するも全く期待はずれに終わったドウグラスしかいない。いずれにせよ、アウベスほどのパフォーマンスは期待できそうにない。FIFAの移籍禁止処分で今夏の獲得は出来ず冬まで待たなければならないとはいえ、バルセロナにとって「右サイドバック版のマルセロ」とABCが報じた超攻撃的なダニーロは、アウベスの後釜としてかなり魅力的な人材であり、それをよりにもよってマドリーにかっさらわれたのは痛いのだ。当然マドリーもそれをわかっているから、3150万ユーロというサイドバックにしては高額な移籍金を惜しげもなく投じたのだ。

 マドリーがダニーロ獲得を発表した4月1日、バルセロナ系のSPORTは、右サイドバックに獲得に本腰、とピシュチェク(ドルトムント)、マリオ(ビジャレアル)、ファビーニョ(モナコ、マドリーのカンテラ在籍経験あり)らの名前を1面で報じた。ダニーロの獲得は、バルセロナのポスト・アウベス問題、さらには、来夏に会長選を控えるバルセロナの不透明な将来によりスポットライトを当てさせる効果もあるのだ。

 元はといえばこの会長選挙は、ネイマール獲得の際のバルセロナ元会長サンドロ・ロセル、そして当時副会長であったジョセップ・バルトメウ現会長の不正により実施されるという経緯がある。両名は3月24日、スペインの検察によって、バルトメウに2年3ヶ月、ロセルに7年の禁錮刑を求刑されたばかり。ダニーロの獲得は、マドリディスタの間だけでなく、バルセロナの周囲、あるいはサッカーファン全体にさえ、クラシコ敗北、リーガのタイトルが難しくなったマドリーの現状から目線を逸らさせるばかりでなく、「バルセロナも狙うダニーロを出し抜いた」会長として対比的にフロレンティーノ自身を際だたせるのだ。

 フロレンティーノは緊急会見で、「本家」英国BBCに「ベイルのネガティブキャンペーンを張っている」と言及されたMARCAを筆頭に、メディアの報道姿勢を公然と糾弾した。しかし、他ならぬフロレンティーノも、そうしたメディアの恩恵に預かっているのである。




エル・クラシコ ---マドリーとバルサ、選ばれし者たちの華麗なる激闘
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